daiken concept

「未来につなぐ、まちづくりを」

「まちをつくる」とは、どんなことだろう。
その答えは、きっと過去・現在.未来の暮らしを想像する中にある。
大都市の真似をしても、住みやすいまちにはならないし、流行だけを取り入れても、地域の個性を失ってしまう。
その土地がもつ、歴史や文化や自然環境。
その土地を愛する、人々の想い。
そのすべてを循環させるように、「まち」を描く。
それが、大建のまちづくり。

Daiken Epoch making「ガーデンシティ白金」物語

これは、 大建が提案した 「まちづくり」の一例ともいえるおはなしです。

「15年以上計画進行が止まった土地」

新しい200世帯のまち「ガーデンシティ白金」が誕生した長野市川中島の一角は、自治体が区画整理事業で開発を行おうと計画したものの、法律や利害、信頼関係など思惑の交錯が続き、実に15年以上空白の時間を過こしていました。社会環境の変化もあって、計画遂行には抜本的な打開策が求められていました。

「公民連携」という解決手法

空臼期間にピリオドを打ったのが民間活力の導入という先進的な事業スタイルでした。民間ならではのアイデアを盛り込んだ 「環境都市型生活の実現」 というコンセプトを掲げて具体的な土地活用プランを企画。行政はもちろん土地を手放す人、新しく移り住む人、そして周辺の住民まで、関係する全ての人にとって納得のいく答えを導くために、奔走します。通常では考えられない数の説明会の開催や戸別訪問。それまで補助金中心、行政主導がまちづくりの常でしたが、民間のアイデアとスキルも活用した新しい取り組みが始まった瞬間でした。 いよいよ広大なまちづくりが始動したのです。

「ルールがまちの価値をつくる」

ガーデンシティ白金プロジェクトの大きな特徴が、 「地区計画」というまちのルールが一番初めに定められたこと。つまり、コンセプトに沿ったルールを守れる人だけが住めるまちを設計したのです。一見、この仕組みは窮屈で不自由にも感じますが、住民全員の意思統一を促すことで、個々人では実現できない、理想のまちづくりを可能にしました。

例えば全区画200㎡以上の広さを

大都市圏にはない故郷の魅力。各宅地の敷地面積は最低200㎡で、これ以上土地を細分化できないルールを設定。駅が近く市街地にあるのに、将来的にも建物が密集しない、ゆとりある豊かな街並みができ ました。

例えばセットバックした家並みを

住宅は道路から 一定の距離をとって建築するルール。フェンス設置も制限。個人の空間だけでなく、全体に庭がつづき開放感あふれるまちは、日照・通風・眺望も確保し健康的で、防犯上の利点も高まりました。

「手間を惜しまないテザインとは」

ビジョンはもちろん、安心をつくるルールまで含めた「まちとしてのデザイン」が、結果的に個人の資産価値をも高めることに繋がります。住民全員に理解を求めたり、太陽の光や、風の適り道を考えたり、子どもや 高齢者の目線になったり。数えきれない手間を惜しみなく注ぐのは、快適なまちを未来へつなげたいから。人と人が共存することで成り立つ豊かな社会。パブリックマインドが溢れ、自然とコミュニティも醸成される幸せな暮らし。 そんな未来を信じて、知恵と理想と努力で、私たちはこれからもデザインしていきます。

例えば道路幅に最大限のゆとりを

次世代の安心と安全がデザインの真ん中にあります。 メインの道路は12m幅で車椅子も余裕の歩道も設置。 区画道路の大部分が6mの幅は、まちの見通しと相まって、子どもにもお年寄りにも優しいまちができました。

代表取締役 増田裕一郎

「これからの不動産新基準」

旧来、まちづくりや不動産開発は、順調な経済発展を背景にして、経済合理性や利益の追求が優先されてきました。
バブル経済の崩壊から空白の時代と言われる平成を経て、
令和時代から二十二世紀の未来に思いを馳せるとき、
今を生きる私たちには、大きな責任と使命があることに気付かされます。

創業からの70年間で培ったもの。
そして 「不動産の新基準」というコピーに込めた前衛的挑戦の軌跡。今、そしてこれからの時代に、持続可能な新しいまちづくりの指針を、土地活用の視点から設計することが最大の使命と考えております。

私たちは、まちづくりのメーカーとして、
そこに暮らす全ての人のコミュニティ・デベロッパーとして、
公民連携のスキルを活かしながら、
さらに先進的な手法やアイデアで課題を解決し、
いつまでも豊かで幸せな ‘‘ふるさと信州 ’'をデザインしてまいります。

代表取締役
増田裕一郎
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